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点と点を“つなぐ人”がいてもいい

地元に密着したビジネスやイベントなど地域の活性化につながる事業プランを募集し、その実現を支援するコンテストが徳島で開催されている。「とくしま創生アワード」というそのイベント、2020年の最終審査に残ったプランに「釣り」をテーマにしたものがあった。

「おこがましい言い方をすると、たとえば釣具店、渡船業者、釣り船、観光業者、行政といった組織を活用すれば、ある程度の問題は解決できるのではないかと思います。なので、それらを結びつけたい。すでに持ち併せている力を集めて成果を出していかないと、新しいことをやるのは難しい。しかし個人事業主の方も多いので、そこには(異なる組織をつなぐ)労力が必要になってきます。だったら、つなぐ人がいてもいいんじゃないかと。力をつないで、点と点を結んで『輪』にしようと。そこから『とくしま釣りの輪』と名前を付けました」

そのプランを立案したのが阿部司さん。山間部にある神山町で生まれた阿部さんは幼い頃から釣りに親しみ、その過程でウキフカセ釣りに心を奪われる。高校卒業後は就職した会社に釣りクラブが存在していたので入会。ただ、自らも認めるように我を忘れるほど熱中するタイプではなかったようだ。

自ら竿を握るより熱中できること

徳島は全国的に見ても、釣りとはとても深い関わりのある地域といえる。総人口に対する釣り人の数が多いというわけではないが、釣りに対する熱中度は突出している。中でも磯のウキフカセ釣りでは「阿波釣法」と呼ばれる技術を生み、それは現在の釣りのベースにもなった。グレ(メジナ)釣りでは全国規模の競技会で数多くの名手を輩出し、釣り用のオモリであるガン玉も徳島がルーツという。タイラバも元をたどれば徳島で生まれた漁具だ。

職場のクラブに入会した阿部さんは「徳島」を強く意識させられることになる。
「クラブが徳島県釣連盟に加盟していたので、名人と一緒の組織に所属することにワクワクしましたね。釣り番組とか雑誌とかを見ていて、競技会で徳島の釣り人たちが活躍してたので憧れを抱いていたんです。わりかしミーハーなところはあるんですよ(笑)」
音楽で例えるなら、自分が歌い、演奏するよりも誰かをプロデュースする側に立つタイプ。阿部さんのスタンスを表現するなら、そんなイメージだろうか。実際、竿を握って誰かに自慢できるような魚を釣ることよりも、「徳島の釣り」がどうすればよくなるかについての興味が増してゆく。

「だから思いついたことを片っ端からやってきました。『阿部さん、何がやりたいか分からん』とよく言われますが、『3時間くらいあれば説明できますよと(笑)。だから肩書きも何になるんだろうと悩みます」

コンテストに応募したのはそんなタイミングだった。

「徳島の手つかずの魅力、観光資源がありながら誰も手をつけていない。しかも世界に誇れる文化である釣りをアピールできていないのはもったいないと。僕としては起業家の方にそれを知ってもらいたいというのがありました。目に止まってくれたら目標は達成できたのかな、と思っていたのですが、主催者から最終審査会への進出が決まったと電話があり、正直戸惑いましたね」
最終審査会では残念ながらグランプリを逃したが、そこで歩みを止めたわけではない。
「審査員の方が気に入ったプランに対して特別賞をくれるんですが、それをいただきまして、その方にトレーニングをしてもらってます。アワードで言ったことを実現したいというのがあって、今も活動は続けています」

4つの目標に向かって

阿部さんの活動は多岐にわたる。放流活動や清掃活動、釣りマップの作成にイベントへの協力など、数え上げればきりがない。一方で「何がやりたいか分からん」という声があるというのも、分からないではない。一見、何がゴールなのか見えにくいのだが、とくしま釣りの輪が目指す目標は4つある。

まず最初に、釣りを徳島の「文化」にまで押し上げること。

「たとえば阿波踊りみたいに、県民にとって誇りに思ってもらえるようにしたいですね。クラブに入って釣りをやっている人間でも、そこまでの認識はないと思います。釣りを知らない人が徳島の有名なものを聞かれたときに『釣りも有名みたいですよ』くらいには言ってもらえるようにしたい。実は恵比寿天が生まれたとされる神社が徳島にはあります。七福神の中で唯一、日本生まれなんです(笑)。その恵比寿天が和歌山の那智勝浦、千葉の勝浦へと流れていって祀られていますが、マダイの伝統漁法も同じように広まっていったという話があります。徳島が他と違うのは、そういった歴史や文化があるのと、日本の釣りに革命を起こしたといえること。『釣りの本場である徳島』みたいに感じてもらえればうれしいですし、そういった形で差別化を図って観光資源にできればと思います」

次に本当の意味で豊かな自然環境について知ってもらうこと。

「釣りは自然が相手ですので、自然を破壊しないようにどう活用していくか。放流活動だけで魚は増えないと僕は思っているんです。魚が育ってないのには理由があって、その原因を解決しないまま魚を放してもプールに魚を放すのと一緒で環境を整えないと。放流はあくまでセレモニーであって、その魚が大きくなるにはどうすればいいのかを併せて考える必要があります。それには、たとえば森林保全なんかも関わってきますので、杉の間伐材を使ったお箸や食器などを使って関心を持ってもらえる人を増やすことも大切だと。『徳島は自然が豊かですね』と言われますけど、『よく見てください。全部(植林された)針葉樹ですよ。これが豊かですか?』。だからこそ、常に水辺に立つ釣り人の力を環境保全に活用できる体制作りが必要だと思うんです」

3つ目は誰もが気軽に釣りのできる体制を確立すること。

「釣りをやりたいと思ったときに、それができる条件が整っていることも重要です。徳島は釣り場が多いおかげか、釣り公園というのはまったくないんですが、施設のようなものを造るのではなく『釣りを教える人』を育てた方がいいと思います。構想としては観光ボランティアの方が各地におられますよね、ああいった形の“徳島釣りインストラクター”です。たとえば釣りをしたいという方が釣具店に何人か集まったとします。そこに集合してエサ選びから教えてくれるとか、釣りそのものだけではなくて安全面や環境について教えてくれるとか。特にマナー面はコロナ禍で釣りをする人が急増して問題になりましたが、教えてくれる人がいないことも問題ですね」

最後が冒頭で述べた組織や人をつなぐための、ネットワークの構築。

「そして、これらすべてを結びつける人のネットワークと、ウェブなどを使ったネットワーク作り。たとえば釣果情報と新製品情報を発信すれば、釣り人なら閲覧しに来ると思います。その中に講習会や清掃活動の告知を盛り込んでいけば、自然に参加してもらえるんじゃないかと。プレゼンを一緒にやった横手賢太郎さんはシステムエンジニアなんですけど、今サイトを作ってもらっているんですよ。ゆくゆくは、先に述べたインストラクター制度などを作って、間に入ってトータル的にサポートするのが、とくしま釣りの輪の目指すべきところではないかと考えています」

誰でもできるが、誰にもできない

会社勤めの本業の傍ら、多くの活動をほぼひとりでこなすこの原動力は何なのだろう。阿部さんにたずねると一言、「徳島の釣り人だから」という答えが返ってきた。
「もちろん釣りが好きなことはありますけど、僕の憧れた阿波釣法をはじめ、筏釣りや投げ釣りなど、いろんな釣りで『全国ランカー』が徳島にはいますし、幸いにもそのほとんどの方と面識を持てています。自分も同じ世界に身を置いていますが、他県の追随に甘んじている現状はさみしいですし、その復権を手助けしたいのがあります。私自身ですか? そういった人とは住む世界が違うと思っていますし、よく言うんですけど『ウサイン・ボルトと同じスタート地点に立てますか』と。無理でしょ。 だったら、そういった選手の後継者を育てる方に回るとか、専門家を呼んでステージを作るとか、広報に携わることなら誰でもできるんじゃないかと」

誰でもできると阿部さんは言うが、決してそうではないだろう。スポーツの世界で名選手が名監督たりえないことはよく言われるが、その構図とやや似ている。
「小さい頃から才能に恵まれていた方ではなくて、ある程度まではできるんですけど、努力を怠って抜かれてしまうパターンが多かったんです。それは今も続いているんですけど、だったら誰にでもできることを、誰にでもできないくらい続けていこうかなと」
徳島の釣りをめぐる環境が整い、かつてのように全国区の釣り人が育つまで、どのくらいかかるのだろうか。それは思いのほか早く訪れるのかもしれないし、相当な時間がかかるかもしれないが、いずれにせよ前に進まなければ始まらない。
だから阿部さんは、まだ見えないゴールに向かって走り続ける。誰よりも速く到達するためではなく、誰にも到達できないほど遠くを目指すために。

阿部 司
あべ・つかさ

1976年生まれ。徳島県神山町出身、徳島市在住。小学2年生で川で初めて魚を釣り、同時期に近所の人に連れて行ってもらった宍喰の磯でウキフカセ釣りに魅了される。

写真/細田亮介 文/前川 崇
撮影協力:徳島新鮮なっとく市